患者さんの声

※症状や経過は個人によって異なります。運動量や食事の内容等については、医師の指示に従ってください。

心アミロイドーシスと共に、
前向きに生きる

―田尾安志さんが語る、治療と向き合いながら自分らしく暮らすヒント

プロ野球選手・監督として活躍された田尾安志さん。トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM、以下「心アミロイドーシス」)という難病にかかりましたが、日々の生活を工夫し、野球解説の仕事もこなしながら、治療に前向きに取り組まれています。
本記事では田尾さんの体験談をもとに、心アミロイドーシスの診断に至るまでの経緯、主治医とのコミュニケーション、日ごろの体調管理、そして病気や治療、ひいては日々の生活の中で前向きな気持ちになるヒントについてお話を伺いました。

田尾 安志さん

元プロ野球選手・野球解説者 東北楽天ゴールデンイーグルス初代監督も務めた田尾さんが、病気と向き合いながら、自分らしい毎日を歩み続けるヒントを語ります。

心アミロイドーシスの診断に至るまでの経緯

数年続く腕のしびれで内科を受診

心アミロイドーシスは心臓の病気です。しかし、僕が最初に感じた自覚症状は胸の痛みや息切れ等ではなく、数年にわたって時折感じていた両手のしびれでした(図1)。
手や指のしびれを自覚した時、僕は「首を悪くしたのか、それとも趣味のロードバイク(自転車)で長時間ハンドルを握っているせいか」と思っていましたが(図1)、結果的に別の病気だったわけです。なかなか改善しないため、心配になって近所の内科クリニックを受診しました(図1)。その際、親類に医療関係者がいる妻から「内科がいいのではないか」とアドバイスを受けたのは大きかったですね。
内科クリニックを受診したところ、先生がしびれを気にして大学病院を紹介してくださり、詳しく検査することになりました。そこで、血液・超音波・心電図・画像検査を受け、心アミロイドーシスであることが判明しました(図1)。

図1両手のしびれから、心アミロイドーシスの診断にたどり着くまで

心臓の状態は、主治医の先生が「今日から車椅子でもおかしくない」と話すほど悪かったようでした。ただ、後日「早く見つかって良かったです。初期のこの状態で治療をうまく続けていきましょう。」と言っていただけたことは、僕にとって大きな支えですし、治療に前向きになれた一因でもあります。

日々の生活の工夫

知りたいことは遠慮せずに聞いてみる

僕は病気については先生にお願いするしかないという考えなので、細かいことを調べず、主治医の先生を全面的に信頼して治療をお任せしています。一方で、この記事を読まれる患者さんには「気になることがあるなら、どんどん聞いたほうがいい」とお伝えしたいですね。患者さんごとに、抱えている悩みは異なります。もちろん、僕自身とも違います。病状や生活環境、不安に感じる点は一人ひとり違うからこそ、疑問に思ったことをそのままにせず、診察の際に積極的に質問することが大切だと僕は思います。
医療スタッフの方々は、僕たち患者がより良い生活が送れるようケアしてくださっています。だからこそ、信頼関係を築きながら治療していくことが重要ではないでしょうか。

他の病気の治療もしっかり続け、治療薬の服用は忘れないようにする

心アミロイドーシスと診断されて以降、心不全と心房細動の治療も同時に行っています。心不全の治療に用いる利尿薬は3種類処方されていますし、血液をサラサラにするお薬も飲んでいます。そのため、毎日服用するお薬の数は多いですね。正直、1日3回でお昼にも飲むお薬は、服用を忘れてしまうことがあります。
最近では、心アミロイドーシスに対する新しい治療薬も出てきて、以前は「難病だから、仕方がないかな」と思っていたのに、欲が出てきて「もっと改善したい、良くなりたい」という気持ちが強くなってきています。

体重等の記録と無理のない運動を続けて体調をキープ

僕は、時が経つにつれ、階段を上がる時に息切れを感じる等、心アミロイドーシスの症状を自覚するようになりました。そのような中ではありますが、僕は無理のない範囲で体を動かすことを大切にしています。実際に、僕が行っていることをご紹介します(図2)。
自分の体調を日々把握しながら、医療者と相談して生活を調整していくことも、主体的な治療の一つだと思っています。 “動ける体”を一緒に維持していきたいですね。

図2田尾さんが行っているセルフケア

  1. 体重等の記録と体調の関係

    最近の僕は、日によって症状の重さが変わります。そこで、体重を毎日測り、その変化を手帳にメモして体調との関係を調べたところ、「体重が75kg台のときは体が楽で階段も上がれるが、78~81kgに増えると少し動いただけで息切れする」ことが分かりました。
    手帳にその日の体重や体調、運動をメモする習慣は体調管理に役立っていますし、体重の重要性がよく分かりました。「体重でこんなに体調が変わるんだ」と分かると、メモをつけることが楽しくなりました。

  2. 尿の量

    尿がよく出ると体重が落ちて体が楽になるので、トイレによく行くのは良いことだと考えています。利尿薬3剤のうち1剤は、体重が増えたときに飲むよう指示を受けています。

  3. 食事

    塩分を取り過ぎないこと、ご飯を食べ過ぎないことを意識しています。妻も料理で気を遣ってくれます。

  4. 筋肉を落とさないための運動

    動く量が減ると筋肉が落ち、さらに動けなくなるという危機感から、体調に合わせて無理のない運動を続けています。体調が良いときには自転車に乗って行きつけの喫茶店へ出かけたり、お風呂に入りながらバタ足を200~400回ほど行ったり、筋肉に刺激を与える工夫をしています。妻も病気を抱えながら陸上をしているので、夫婦で「近くのフィットネスクラブで軽く筋トレをしよう」と誘い合ったりしています。

  5. 疲れをためない

    仕事で長距離を移動する際は、長距離を歩く可能性のある飛行機ではなく新幹線を選んだり、飛行機を使う時も空港内にある電動車椅子を試しに利用してみたりと、体力を温存するよう努めています。また、通院の負担を減らすため、主治医が自宅近くの病院に来る曜日に合わせて診察を受けるようにしています。

    大切なことは「体調が良いときは体を動かし、しんどい時は無理をしない、というさじ加減をご自身で行う」ことです。
    何をどこまでするのが良いか、医療者に相談してみてください。

前向きな
気持ちになるヒント

“考え方一つ”で生活の景色は変わる

ある出来事が起きた時、暗く考えるより、前向きに考えるほうが幸せだと僕は思います。物事は“考え方一つ”です。
病気になると体を動かさなくなり、気持ちが沈み、後ろ向きになりがちです。でも、僕は「与えられた人生を精一杯頑張ろう。『楽しい』と思いながら終えられたら最高だ」と考えるようにしています。心アミロイドーシスになったことも、「人生の中で、この経験も人生の一部として受け止めよう。僕の経験を他の人に伝えて社会貢献になればいい」と、前向きに捉えています。暗い話ばかりせず、楽しく前向きな話をしていると、生活も人生も楽しくなってくるものです。困難な状況でも、違った視点で捉えてみるのが僕の生き方です。

家族や周囲の方々との支え合いや仕事・趣味も前向きに生きる糧となる

自分が病気になり、体がしんどくて動けない辛さを実感したことで、以前から体調を崩しがちだった妻の大変さが深く理解できるようになりました。お互いが理解し合い、納得しながら良い方向を見つけていく姿勢が、前向きに生きる支えになっています。病気の話題になると妻が寂しがるので、「もうちょっと頑張って生きよう」とも思いますね。
今も続けている野球解説やYouTubeでの発信、そして大好きな釣りといった仕事や趣味も、前向きな気持ちを保ち、体を動かす原動力になっています。

病気でも楽しく生きるために明るさとチャレンジ精神を忘れない

病気で辛い思いをしている方はたくさんいると思います。ただ、気持ちは明るく保ち、一歩前に進んでみてはどうでしょうか。
先々のことを考え過ぎても仕方がありませんので、何かあればその時に考えましょう。また、年齢を重ねても、興味が沸く新しいことを見つけて「これをしてみたい!」とチャレンジしてみると良いと思います。
以下の“心アミロイドーシスと生きるヒント”も参考にしていただきつつ、ご自身の治療・生活・人生に主体的にかかわってみてください。きっと、未来が明るくなると思います。

田尾さんからの“心アミロイドーシスと生きるヒント”

  • 主治医の先生と信頼関係を築き、分からないことは聞いてみて、治療に主体的に、前向きに取り組んでみましょう。
  • 日々の体調や体重の変化に耳を澄ませてみましょう。
  • 自分のペースで無理のない運動を続けてみましょう。
  • ご家族や周囲の方々、医療者と相談しながら、より良い生活の方策を見つけてみましょう。
  • 物事は「考え方一つ」。毎日を明るく楽しいものに変えていきましょう。

【参考資料】
田尾安志:それでも僕は前を向く 人生を強く生きるために、野球が教えてくれたこと。, 山と渓谷社, 2023

田尾 安志さん

1954年1月8日生まれ、大阪府出身。同志社大学卒業。76年にドラフト1位で中日ドラゴンズに入団し、同年の最優秀新人賞を受賞。81~84年まで4年連続で打率3割をマークする等、セ・リーグを代表する外野手として活躍。85、86年はパ・リーグの西武ライオンズ、87年から阪神タイガースでプレーし、91年に現役引退。現役通算1560安打。82~84年にリーグ最多安打をマーク。81~83年はベストナインに選出。オールスター出場7回。引退後は野球解説者・タレントとしてお茶の間の人気を博し、2005年はプロ野球界に新規参入した東北楽天ゴールデンイーグルスの初代監督を務めた。現在は野球解説者として活動するほか、自身のYouTubeチャンネル「TAO CHANNEL」を運営している。

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